インタビュー
少年ジャンプを読み始めた頃ですね。
幽遊白書の仙水編、ジョジョ第4部とかだった気がします。 もうちょっと前から読んでたと思いますがその辺からの記憶ですね。
ドラゴンボールももちろん読んでましたし、かめはめ波も出してました。 ドラゴンボールで思い出しましたが、今でも微かに憶えてるのは、 小学生のとき委員会的な役割で学級新聞を作ってて。 別冊でオリジナルのバトル漫画を印刷してもらって教室の本棚に置いてもらってました。 確か、第2巻で終わりました。
とにかく少年漫画特有のバトルシーンが描きたかっただけなので、 前置きなしにいきなり悪の四天王とのバトルシーンから始まってました。 クラスメイトみんな、「どういういきさつでバトってるの?」的なポカーンだったはずです。
中尾一武道会ですね。 僕もボカンボカンっていうのが描きたかっただけだったので2巻描いて満足しちゃってフェードアウトです。 逆に皆忘れていてほしいです笑
「よし!描くぞ!」と奮起したのは2年前くらいですね。大卒入社したアパレル会社を辞めたときです。 就職を期に故郷を離れ、知り合いの一人もいない場所で一人暮らしをして、 友人の結婚式や同窓会にも禄に出席できずにがむしゃらに働くことにある意味、 楽しさややりがいや成長を自分自身感じてはいて。 でも、いざ一身上の都合で離職した際に、「わあ、俺なにしてたんやろうかー(∵)」ってなって。 まあ、そもそも思春期の頃から禄に世の中というか不特定多数に自己主張できていないな と、日々悶々と過ごしてた過去があったので、 何かしら世の中に「自己表現」と「個性をアピール」しないとマズいなと思い至った訳です。 何なんでしょう。青春時代を今になって取り戻すつもりなんでしょうか。 俗に言う厨二病の初期衝動的なものだと解釈してます笑
絵を描くこと自体は好きだったので、学生の頃に自身のブログに4こま漫画を載せたり、 部活の機関誌の表紙の絵を描いたり。 まったく描いてない訳ではないんですが、当時は絵を描くことに特に目的も主張もなかったので、 その頃の漫画や絵を見ても「こんなの描いたっけ?」ってのが多いですね。 何も描いてなかったと言っていいほど適当に垂れ流してた感じです。 そういう意味で明らかに絵を描く行為の意義が今とは違うなと自分では感じています。 離職して一年くらいは毎日毎日釣りばっかりしてましたね笑。 あの一年間は毎日が夏休みみたいで楽しかったなーいっぱい釣ったなー(しみじみ)。
それこそ絵を描く行為が「自己主張」とか「個性のアピール」っていう目的に特化してきました。 学生の頃ってなんだかんだで、何でもない日常生活内で個人の個性とかクセとかが露になりますけど、 社会人になると、生活の活動範囲の大半が職場とか一人の時間が多くなって。 僕の場合、その範囲だとどうしても迎合的、閉鎖的になってしまいがちでヤキモキしてました。 自分の感じていること、共感してほしいこと、アピールしたいことなど、 「なにかしら他人に伝えたい」という気持ちありきで絵を描いてるってのが当時とは一番違いますね。
ほんとですね。描いた絵や絵本に感想をいただいたとき なんかは賛否両論どちらにせよ、かなり喜んでいます。 ブログとかYOUTUBEとかUSTREAMとか観てると、 有名人でもタレントでもない一般人が並々ならない記事や動画を投稿、配信してて。 僕自身も含め「やっぱり皆なにか伝えたいし発信したいんだなぁ」とすごく感じます。 いろいろ今のそういったWEBやコミュニケイトの現状って弊害や懸念が示唆されてはいますが、 伝えないと何も伝わらないし、伝えないよりも発したほうが断然、健全な気がしてます。 なので僕は絵を描くことにしました。
2年前に買った「illust studio」っていう1万円くらいで買えるソフトです。 それまでもブログにマウスで描いた4コマ漫画をときどき載せたりはしてたんですが、 初めてペンタブとうものに触れてビックリしました。 機械音痴のチンパンジーな僕は「今までのマウス画の労力はなんだったんだ」と、下唇噛みました。 現状、チンパンジーにはこのソフトでも充分、多機能で満足なんですがツールは バージョンアップさせなくちゃなってのが最近の口癖です
書き込み量とストーリー性の2つですね。 製作にあたっては、そこに情熱とメッセージと多くの労力をつぎ込んでます。 例えば、白い壁を描くにあたっても何か余白が許せなくて、凹凸やヒビ割れ、陰影をせっせと描きこんだり。 例えば、背景のアイテム一つを描くにあたっても、テーマに則した象徴的なアイテム比喩めいたアイテムを、 小一時間、ぼーっと考えあぐねたりします。 僕には美術教室や学校に通った経験もないですし、 それこそ血筋に絵画や美術に傾倒した祖先もいないので、 画力も絵の知識も稚拙、独学甚だしいので。 その二つがないと、その二つに注力しないと、 そもそも僕の絵なんか実も蓋も元も子もないなと自覚してやっています。
時間を割いて熟考したはいいけど伝わらない伝えきれないかもなーと思うことも多いので、 そういっていただけると本当ありがたいです。
飽き性なのでアイデアが固まらないうちに描き始めて、頓挫したり見切りを付けてしまうことが山の如しなので、 納得いくアイデアが出るまで描き始められなくて本当難産で困ってます! 強いていえば「間接照明のみの薄暗い部屋」+「1人(ロンリーナイト)」+「BEER」+「好きな音楽」+「創作ダンス」=「イマジネーション爆発!」なんですが。 あまり健全でないし他人に見られるとアレなのでオススメはしません。
脳内で全貌が明らかにならないと描けないってのは本当そうです。 でも、熟考してイマジネーション爆発したはいいものの、 表現できる絵のスキルが伴わない場合が多くて、結局、「あー思い通りに描けへんわー」ってなることも多いので、頓挫覚悟で見切り発車するってのも有意義なんだろうなっていうジレンマもあります。 あ、部屋はすこぶる汚いです。
メッセージっていうのはどうしてもぶれやすいし、受け取り手によって変容もしやすいですから、 描き出す前に自分の中で反芻して消化して落とし込むというイメージ作業は僕にとってはすごい重要だと思っています。 ただやっぱり、僕自身は「描きながら考える人」の強みやスタンスに憧れています。 やっぱり絵は数描くことに意味があるとも思いますし、なによりそっちのほうが絵が上達するはずです。 本業でない分、チラシの裏に落書きすることすら年に数回あるかないかなので、イラストレーターを志している方たちには後者をオススメします! ビール飲んでヘンテコダンス踊る暇あったら絵を描け!って感じです。戒めです。自分への。
つげ義春とか妹尾河童みたいな旅行記漫画みたいなとか。 チェコアニメとかコマ撮り映画みたいなフリップブックみたいなとか。 ヤン・シュヴァンクマイエルとかマガジンピクチャーみたいなコラージュアートとか。 欲求的にはそれこそ108個もくだらないです。 でも一番は、やっぱり月並みな回答にはなりますが、観てくれた方が感動したり物思いに耽ったり、想いを巡らせてくれる作品を作っていきたいですね。 上述の通り、初期衝動的に描き始めた絵なんですが最近はそこに特化するよう心掛けてます。
わ、動きがあるって素敵な表現ですね!ありがとうございます。 動きをつけるってのは自分なりに絵本を描くとき特に意識してます。 淡々と同じ背景のページが続く絵本に、急に場面も雰囲気も変わるページが一枚さっと入るのとか。 逆に、場面や背景がページ毎に異なる展開から急にフリップブック的な固定アングルの展開になったりするのとか。 音楽を聴きながらイラストや絵本を描くことが多いので、トリッキーな転調とかパワーコードから急にアルペジオになるのとか。 そういう音楽の抑揚的なものを絵本で表現できたらなぁ、とか試行錯誤するのも楽しんでます。
仕事という形でまだ絵を描いたことはないので、非常にプライベートな話になってしまいますが、 直近でいえば友人の結婚式のウェルカムボードを描いたときと、好きな女の子にイラストを贈ったときですね。 とても喜んくれたので。 きっとこういう経験や機会が多ければ多いほど絵は上達するし表現方法も広がるんだろうなと、思いましたし思わせてくれました。
すごく最近です。昔にしたこともあるようなないような。 絵を描く人はもっともっと好きな人に好きな人だけの絵を描いて贈って然るべきなんじゃないでしょうか。 てか、皆さん既に幾度となくやってるんでしょうか。すみにおけないですね。
うーん…。今のところあんまりないですね。 それこそ僕にとって絵を描くという行為の発端や意味が本業でない分、 「自己主張」とか「個性をアピール」するっていうことで、自己満足→完結しちゃってるからなのかな。 もっと「良い絵を描かないと自分が駄目になる」とか「求められたものを描く」とか そういう経験や機会が多ければ多いほど、もどかしさや挫折を感じて成長するのかもしれないですね。
あ、すごい鋭い質問ですね。なんだろうなぁ…。 上述したとおり、絵のクオリティとか完成度の点では自己完結はおろか実も蓋もないんです。 だからこそ「イマジネーション爆発」が僕にとっては必要で。 うまく言えませんが、「自分にしか描けない設定」「他の人が描くものへのカウンター」みたいなものを 一生懸命、薄暗い部屋で捻出してるんだと思うんですよ。 それが「自己主張」とか「個性をアピール」って思ってるんでしょうね小生。 ネタを明かしても支障もないと思うので言っちゃいますと、 37回の「翼」に関しては自由の象徴みたいに扱われてる翼をお金で買っちゃおう的なイメージで、 44回の「鳥」に関しては空を飛べない鳥にだって飛べないなりに幸せがあるんだよ的なイメージで、 47回の「おいしい」に関しては実りの秋、食欲の秋のカウンターとして食用キノコ研究者の遺影(未開の毒キノコ食べちゃった)のイメージで、 PictBoxの「YOGURT」に関しては企業ロゴの牛乳でなくて最後は飲むヨーグルトっていうオチです。 絵のクオリティとか完成度よりも「他の人が描かないであろう内容の絵が描けた!」と思えたら自己完結できてるのかな。 ただ、まずいのはなかなか絵が上達しないのと、ひとりよがりになりがちなので、 そこは今後、精度をあげていきたいです。あくまでマイペースに。
一致してしまった場合は描かないです。 まず、誰かが描きそうだなと思う内容の絵はアイデアを練る段階で却下してます。 毎回CREPOS SELECTIONの最優秀賞の作品を拝見すると「あー、その発想はなかったわー」と、 絵のクオリティよりもアイデアの面で感嘆度合いが大きいのは、そのせいなのかなと思っています。
漫画が好きなので大友克洋、寺田克也、松本大洋とかは何度も読み返しています。 絵のクオリティ、描き込み、コマ割り、 アングルなどが秀逸すぎて、読んでいるとストーリーとか物語の本軸以外のところにも勝手に想像が膨らんでしまって。 情熱とか哲学を絵だけでも感じます。
あら、本当ですか?バンド・デシネの影響が出てるのは自分では分かりませんが、出ているならしめたもんです。 物心ついてからは漫画ばかり読んできたので、もっと絵画や芸術にも触れないとなとも思っています。 漫画って多くのコマ割を利用して物語を構築してますが、一枚のイラストや 絵本の挿絵って限られた絵で物語を創造させないといけないじゃないですか。 僕はその点がとても楽しいんで、漫画よりも一枚イラストや絵本を作るのが好きなんですが、 デフォルメだったりミニマリズム的な手法が漫画育ちの僕はとんと疎くて…。 そういう疎さを補うために自分は線とか背景とかいっぱい描き込んで、物語を構築しようとしてるんだろうなと思っています。 漫画の影響が良くも悪くも大きく作用してると感じます。
ないものをないとして、できないものをできないとして表現しないよりは、 今あるもので工夫して表現する若しくは表現の幅を広げるってことって 創作においてひとつの楽しみである気がしています。
子どもの頃、家族に呼ばれていたあだ名です。 きっと家族も呼んでいた記憶がないであろう位の短い期間の一時のあだ名ですが僕は如実に覚えていて。 語感が気にいってます。ツヨンボヨンボヨンみたいな。 角がなく柔和で弾力性のある感じが。そういう人に私はなりたい。
えっと、パイオツですかね。
まだまだ趣味の域から出れてないので、作ったもののほとんど全部がPCのデータとしてしか残っていません。 これからは、どんどんポストカードとか製本化したりとか、 形・物として生み出してもっと発表の場とか機会を増やしたいです。
あれは手元に来たとき、すごい興奮しました!ハードカヴァーで僕には勿体ないくらい。 汚い自分の部屋で眠らせておくのもナンセンスなので、 友達に見せまくりましたしBARとかサロンとかにしばらく展示してもらってました。 その節はありがとうございました。
あと、クリエイターのお友達がほしいです(笑)皆無に等しいので。 未だにtwitterもfacebookもやってないので そろそろ重い腰をあげてクリエイターの方々にチョッカイ出しに行こうかなと。 「仲間にいれてよー」みたいな感じで。
コンテンポラリーダンス。バンド・デシネ。民族音楽。ナマズ(淡水魚の)。 などは最近というかここ近年ずっと心くすぐられてます。 なんというか日常に非日常が混入した感じが胸を高ぶらせます。 具体的にナマズでいえば、日本の淡水魚のなかでは巨体でありながら 街なかの灌漑水路とか身近な場所に生息しているという非日常さがどことなく不気味で…。 あ、長いので割愛しますね。 取り敢えずYouTubeとかで検索してみてください。非常にファンタジーです。
釣りをしてたらナマズが釣れちゃったことがあって、でかさと不気味さが凄くて…、 そのときの衝撃が忘れられないんです。でもあいつら、よく見ると可愛い顔してるんですよ。 琵琶湖博物館でビワコオオナマズだけを数時間くらいずっと見てたことがあります。 音楽でもダンスでも漫画でも、やっぱり得体の知れないワクワク感が 漂ってるのが好きなので自分もいつか、ナマズみたいになりたいなーと思います。
ミシガン懐かしい笑。琵琶湖博物館という名の水族館です。 ナマズ丼も食べれますので中尾さん。是非、行ってください! そしてツイッターで「ナマズ丼食べた」って呟いてください。
イラストレーターではないし、 趣味として絵を描いている身なので具体的な話や技術的な話はできませんが。。 僕には表現したいという欲求や主張が強くて横溢してる一方、 口下手で気取り屋で上手く他者に自己主張できなかった過去があります。 世の中に自己主張できずに悶々としていた青春時代を取り返すつもりだと 上述しましたがあながち冗談じゃなくて。 僕は絵を描くことによって過去の消化不良を咀嚼しゴックンできる様あがいてるのだと思います。 更にこれからはその絵をコミュニケーションツールとして過去の分まで他者に自己主張して想いを伝えて行けたらなとも思っています。 皆さんもきっと何かしら絵を描く行為に理由や背景があって、絵を描くという表現方法に興じていると思います。 その理由とか背景を絵を描く行為と同じくらい、もしくはそれ以上に大事にしてほしいです。 そしたら、いろんなことが絵を描くことで乗り越えれたり解決できる気がしますよ。多分ですけど!
そうですね。そして、それを発表できる場が今の時代、 イラストサイトだったり投稿サイトだったり沢山あって。 なのでCREPOSみたいに定期的にコンテストを 開いてくれて気軽にPCで応募できて、 経歴・職種に関わらず、賞金、インタビュー、TOP掲載などの特典を用意してくれるサイトってほんと貴重だと思います。 なので、絵を描く皆さんはもっとCREPOSを活用したほうがいいですよ! 中尾さん、ありがとうございました。











